大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和33年(う)1765号 判決

被告人 鈴木増幸

〔抄 録〕

控訴の趣意第一点について。

消防自動車が火災の現場に向つて進行する場合は、その緊急的使命に鑑み、法規上(消防法第二十六条等)一般自動車と最高速度その他について特殊の取扱をされていることは所論のとおりである。しかしたとえその場合であつても、これを操縦運転する運転者に対し事故防止に関する注意義務を免除するものではないから(昭和七年七月二日大審院判例参照)運転者たるものはその運転に際し、当該自動車の乗車定員に関する規定を遵守することは勿論、その進路に当つて通行人、車馬等の障碍となるべきものを発見した場合には、減速その他適宜の措置をとり、衝突又は自車の顛覆等の事故発生を未然に防止すべき注意義務を有するものといわなければならない。

ところで原判決の認定した事実によれば、本件の事故は、被告人が乗車定員八名の原判示消防自動車に自分の外に十八名の消防団員を乗車させ火災の現場に向い、幅員四・二米の県道上を時速五十五粁の速度で疾走中、前方約百米の距離の道路左側を同一方向に進行している少年操縦の自転車を発見したが、被告人は特に減速することもなくそのまま進行したところ、その距離約二十米に接近したとき、右自転車は道路を横断すべく自動車の右前方に進み出たので、被告人は同車を避譲するためハンドルを急速に左に転じ、同一速度で道路左側端を進行し、自転車との接触を避けたが、更に急激にハンドルを右に転回したため自動車の前車輪が道路右側の溝に突込んだので、あわてて急ブレーキを踏みハンドルを左に転じたところ、自動車は後部から浮き上り、左側に一廻転して仰向けに顛覆したものであつて、この顛覆の原因は、乗車定員をはるかに越えた人員を乗車させ、五十五粁の高速度で疾走し、自転車を避譲する際も減速せず、そのままハンドルを、あるいは左に、あるいは右に急転回して蛇行したため、乗員過剰と、高速度進行と、ハンドルの急転回とにより該自動車の重心の安定性を失つたことにあるというのであるが、かように定員の二倍以上の人員を乗せ、五十五粁の高速度をもつて進行中、前方に通行人、車馬等を目撃した場合には、その通行人、車馬等は必ずしも消防自動車の進行を妨げないように完全に避譲するとは限らないのであつて、時には消防自動車自らこれを避譲するためハンドルを転回して進路を変える等の措置をとらなければならない場合があり得るのであるから、該消防自動車の運転者たるものは、定員超過乗車と自動車の重心の安定に意を用い、高速度進行中の急転回によりその安定性を失うことのないように、適宜減速の措置をとつて進行し、相手方との接触、衝突、自車の顛覆等の事故発生を未然に防止すべき業務上の注意義務を負うものといわなければならない。然るに被告人はその措置をとらず原判決に認定する前記所為に出たのであるから、被告人の本件所為は、自動車運転者としての業務上の注意義務を怠つたものであり、本件消防自動車の顛覆及びこれに基因する原判示の被害の発生は、疑なく被告人の業務上の過失に因るものというべきである。原判決において認定した業務上の注意義務及び被告人の過失の事実は結局右と同趣旨に帰着するものと解せられるから、原判決には所論のような事実誤認の疑はなく、この点に関する論旨は理由がない。

次に所論は被告人が本件消防自動車に乗車定員を越えた人員を乗車させた行為は放任行為に属し、違法性を欠くというのであるが、道路交通取締法施行令第三十九条第二項の規定に関し消防自動車についての除外例を定めた法規はないから、たとえ消防自動車が火災の現場に向う場合であつても、また訓練の場合であつても、該自動車の運転者が乗車定員を越えた人員を乗車させて運転したときは、右法条に違反するものと解すべく、従つてこの点に関する論旨もまた理由がない。」

(滝沢 久永 八田)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!